■厳冬期の酸ヶ湯温泉周辺

 奥羽山脈北端・八甲田山中の酸ヶ湯温泉は、積雪期、山スキー好きが下界の疲れを癒す「湯治」にぴったりのところだ。昼間は山スキーで新雪の山を走り回り、夜は温泉と酒と青森の味覚を楽しむ。厳冬期にはサラッサラの新雪とみごとなブナの森、樹氷、湯気でホワイトアウトになる「ひば千人風呂」。これに青森市場で仕入れた新鮮な海の幸と酒と愉快な仲間が加われば言うことなしだ。

ただし、天候の変動は激しい。本州北端のここまでくるとさすがに積雪は多く、12月から5月まで半年間スキーが使えるが、地球温暖化の影響か近年は厳冬期でも冬型気圧配置が長続きせず、天候の変化が周期的で、3〜4日に一度寒気が緩んで晴れる。正月に緩みすぎて雨に降られたこともある。そして、寒気が緩んだあとには決まって寒波が襲来して、低気圧が猛烈に発達し、猛吹雪になる。そういうときには無理は禁物、昼間も宿にこもって古来の湯治に専念することになる。ローカル放送の天気予報を注視して慎重な行動をとりたい。山は逃げないし、何度も行ってやっと登れた山ほど印象深いものです。

■酸ヶ湯から仙人岱ヒュッテへ

酸ヶ湯温泉の玄関先から十和田湖に続く国道(徒歩15分ぐらいの八甲田ホテルより先は冬季閉鎖)を5分ほど進むと、左側に登山口の標識と鳥居があり、ここからラッセルが始まる。年末年始などは人のシュプールが残っていることが多いが、それ以外の時期や年末年始でも降雪の後だと、大木に打ちつけてある「大岳環状ルート」の看板を目印に林の中の不明瞭な地形を東に辿ることになる。

ルートは右下がりの林の中、地図の夏道より下(右)を緩く登っていき、30分ほどで地獄湯ノ沢に出る。ここから先、吹きさらしのU字谷を登ることになるので、沢に出る直前にジャケットなど着た方がよい。あとはこの沢を詰める。

20分ほどで沢が細くなり、ゴツゴツした岩混じりになる。ここから鞍部までは強い西風の通り道で、岩の間の雪も固く締まっている。シール登高に不慣れな人はスキーを担ぐとよい。斜度は比較的緩いのでシール登高の得意な人はシールのまま登れる。

岩混じりを抜けて緩くなると、沢から右上の台地状に出て登る跡が付いていることが多い。ここから仙人岱ヒュッテまでは平坦な地形で視界が悪いと非常にわかりにくく、過去に遭難も多発している。厳冬期には、よく晴れている時か視界が悪くても目印の竹竿などが打ってあるとき以外はこのへんで引き返した方がよい。正月には地元の八甲田自然愛好会の方などがここから仙人岱ヒュッテまで竹の目印を打ってくれていることが多い。視界が悪く標識もない状況でも行く場合は、右上の台地に上がらずに最後までしつこく沢状を詰めて全く平らになった仙人岱湿原の標識まで出て、そこから右に直角に折れて磁石を頼りにまっすぐ南進すると仙人岱ヒュッテに出られる。

仙人岱ヒュッテは頑丈な心強い避難小屋だ。トイレもある。中で一休みしたらシール外して登って来た道を戻ろう。冬の天候の変化は急で、来るとき晴れていても小屋で昼食とったあと、帰ろうと思ったら視界も登ってきた跡も消えていて、往路を戻るつもりが変なところを滑った人のシュプールを追って傘松峠の方に下ってしまって遭難しかけたという事例もある。地図と磁石を活用して慎重に行動したい。

なお、視界がきくときには、仙人岱ヒュッテから硫黄岳の鞍部に出てそこから西北西に滑って地獄湯ノ沢の途中に出る「硫黄岳ルート」がお勧めだ。快適とは言い難い地獄湯ノ沢上部の代わりに、アオモリトドマツの巨木の間をぬう新雪滑降が楽しめる。ただし、視界が悪いときには、迷うことのない地獄湯ノ沢を下るのが鉄則だ。

■酸ヶ湯から八甲田大岳往復

前記のルートで酸ヶ湯から大岳環状ルートを仙人岱湿原まで辿り、ここから左(北)に突き上げる。急斜面を適当にジグザグ切ってシール登高していく。厳冬期の大岳山頂周辺は常に雪雲におおわれて、めったに晴れることなく、正月に5日ぐらい見ていても山頂が晴れ上がるのは数時間から半日ぐらいだ。運よく晴れても山頂周辺は非常に風が強い。防風・防寒の備えを万全にして慎重に登りたい。

山頂が近づくと風が強くなり雪も非常に固くなってくる。稜線の左(西)側に外れて登るとシールのまま比較的楽に山頂に出られる。幸運に恵まれて晴れ上がった山頂に立てれば、高田大岳や南八甲田の山々はもちろん、岩木山、陸奥湾、太平洋側の小川原湖など360度の絶景だ。

■その他のコース

・仙人岱ヒュッテから硫黄岳往復

小屋から広い鞍部に滑り込み、シール付けて20〜30分の登りで山頂に立てる。視界がよければ、山頂から鞍部に戻るよりも、少し右寄りに沢底まで一直線に滑り込んだ方が快適だ。沢底でシール付けて直接小屋に登り返すとよい。

・仙人岱から小岳往復

仙人岱湿原から平坦な地形を東に進み、あとはひたすら東の方にある高みを目指す。小岳の西面は低い木が多くて滑降はあまり快適でない。南面は非常に快適だが雪崩の危険がある。

・大岳環状ルート一周

仙人岱湿原から大岳の東側を巻いて大岳北側の鞍部に出て、そこからさらに大岳の西側に回り込み、酸ヶ湯の裏の新雪ゲレンデ・湯坂の上に出る広い尾根を下る。この尾根は非常に広く緩い台地状なので視界が悪いときはやめた方がいい。大岳を巻かずに山頂を踏んで山頂から直接西面を滑ることもできるが、これは山頂直下のバリバリの急斜面と凸凹の激しいモンスター帯が手強い上級コースだ。

・北八甲田主稜線縦走

八甲田ロープウェーの山頂駅から田茂萢→赤倉岳→井戸岳→大岳と辿る。最初の田茂萢が平坦で広く、視界が悪いと難しい。スキーを活用するには、赤倉から稜線を辿る代わりに稜線の東側に大胆に滑り込んでしまってから大岳に登り返した方がよい。厳冬期の稜線は晴れていても風が強く雪も固いが、東側に入ると風も弱く、抜群のパウダーが楽しめる。行動時間5〜7時間かかるので、気象情報に注意して、好天が続くと見込める時以外はこのルートは選ばない方が無難だ。

・谷地温泉から高田大岳往復

美しい高田大岳は他の山とちょっと離れているので酸ヶ湯から日帰りするのはきつい。山頂に立つだけなら冬でも不可能ではないが、酸ヶ湯側(西側)からの往復ではスキーは活用できない。冬の高田大岳は、谷地温泉をベースにして好天を狙った方が楽しめる。ルートはほぼ夏道沿いで、1000m以下は夏道より1本東側の尾根(残雪期の滑降ルートと同じ)にとると帰りのダラダラ歩きがなくて済む。残雪期の滑降で有名な山頂南東側大斜面は冬には雪崩の巣なので入り込まないこと。山頂直下はガリガリの固い雪、少し下は強風シュカブラ帯で、新雪滑降が楽しめるのは樹林帯に入ってからになる。

●参考コースタイム

(▲は登り、▼は下り)

酸ヶ湯〜仙人岱ヒュッテ

▲2:00〜2:30、▼0:45〜1:00

仙人岱ヒュッテ〜大岳

▲1:30〜2:00、▼0:30〜1:00

仙人岱ヒュッテ〜硫黄岳

▲0:30、▼0:20

仙人岱ヒュッテ〜小岳

▲0:45、▼0:30

谷地温泉〜高田大岳

▲4:10、▼2:00

コースタイムは、天候、積雪状況(ラッセルの深さ)、先行者の有無、ルート判断力、スキー技術、体力等で大幅に変わります。

●地形図

1/25,000 酸ヶ湯、八甲田山

[場合によって雲谷、上北鉱山]

これらに山スキールートや危険地帯を書き込んである「SKI MAP」(ロープウェーや八甲田ホテルで無料配布)を入手すると便利だ。

●問い合わせ先

酸ヶ湯温泉旅館(0177-38-6400)

観光客や地元の湯治客にも人気の宿なので、正月や5月連休の予約はなかなかとれないのが惜しい。

酸ヶ湯温泉等ではシーズン中、割安な山スキーガイドツアーを実施しているので、ルートに自信がない場合はそれを利用するとよい。

●アクセス

冬季は青森駅からJRバス酸ヶ湯温泉行きで1:45(1日3本)

東京方面からの場合、急行八甲田(臨時)に乗れる場合は青森・十和田ミニ周遊券(東京からだと7日間有効で\19000程度)を買うとバスまで乗れて安上がりだ。